『はじめにシャツありき』相澤陽介(ホワイトマウンテニアリング デザイナー)

ファッションデザイナーを志すまで
— ひとえにストライプと言ってもたくさんの種類がありますが、特に好きなものや苦手なものなどはありますか?
相澤:基本的になんでも好きなんですけど、気分によって優先順位が変わってくる、みたいな感じです。
— ストライプの種類に気分が反映される、というわけですね。
相澤:去年はピンストライプがすごく好きで、よく着ていました。そんなに新しく買ったりというのは無いんですけど。
古着屋とかも全然いかないんで。古着でシャツを漁ったりとかは全然しないです。
逆に、普通にスーツとかやってるブランドのを見たり。それこそポール・スミス(Paul Smith)とか、そういうところのシャツ生地の方が気になってきちゃってて。でも買わないんですけどね(笑)
— やっぱり買わないんですね(笑)
では、シャツの上にはどんなものを着るんですか?
相澤:ウチのブランドのコンセプトもそうなんですが、まずシャツを着て、っていうのがあって。そのシャツにはドレスっぽいものからカジュアルなものまでいろいろとあるんですけど、その上に着ていいマウンテンパーカだとか、そういうイメージなんですよ。
だから、アウトドアっぽい雰囲気で、スウェットパーカー着てマウンパ着て、短パン穿いてアウトドアブーツ履いてっていうことではなくて。シャツとコーディネートできるマウンパみたいな感じを提案しているんですよ。
— では、やはりスタイリングの軸になってるアイテムがシャツなんですね。
相澤:そうです。軸がシャツですね。
— 僕も以前は着心地の良いカットソーがあればシャツなんかいらないな、と思っていたのですが、今ではシャツしか着なくなりましたからね。
Tシャツ1枚で外を出歩くことなんかめっきりなくなりました。
相澤:体型の変化もあったりしますよね。
— そうですね。僕は最近になって襟がないと落ち着かなくなりましたけど、若い頃からシャツしか着ないというのは珍しくないですか? 友達と買い物に行くときなど、自分だけ明らかに異質ではなかったですか?
相澤:友達と買い物行かなかったですもん。
— 学生の頃からですか? 洋服の話題が合う友達とも行かなかったんでしょうか?
相澤:えーと、話したり遊んだりはするんですけどね。高校に入ってバイクに乗ったりするじゃないですか。それでみんなでつるんでるときに洋服の話はするんですけど、買い物には行かなかった。
多分あれなんですよ。中学まで所沢っていう中途半端に田舎なとこで育ったわけじゃないですか? それでいきなり神田の高校に来ちゃって。とにかくみんなすごくオシャレだったんですよ。それで多分ちょっとコンプレックスがあったのかも。みんなでどこかに行こう、ってなってもオレだけ知らない、みたいな。
そういうのがなんとなく嫌でずっと一人で洋服を見に行ってたら、そっちの方が良くて。何度か友達とも行ったんですけど、センスが合わなかったり行きたい店が違ったり、結局イヤになっちゃうんですよ。あんまり付き合えない。
— 高校を出てからは?
相澤:一浪して、多摩美(多摩美術大学)のテキスタイル科に入ったんですよ。三原康裕(編集部注:MIHARA YASUHIROデザイナー)さんが卒業した次の年ですね。
— その後、卒業して就職ですか?
相澤:はい。洋服とかホントはやるつもりなくて。はじめはなんか、変な言い方ですけど現代美術みたいなのに興味があったんですけど、機織りとか染色とかやってたらそれが面白くなってきちゃって。
しかも、洋服って趣味と実益を兼ねることになるじゃないですか。だからこっち(服飾)の方が面白いんじゃないか、って。
(大学には)洋服とか全然作ったことない状態で入ったんですよ。で、そこでもタペストリーとか椅子とかを作ってて、あんまり洋服っていう観点がなかったんですよね。でもそのときの教授が「あなた洋服に進んだ方がいいわよ」って言ってくれて。
それで、どうなんだろ? とか思いながら就職課行ったら、あそこ(前職)の募集があって。
— それで入社されたんですね。
相澤:まぐれで受かって(笑)でも仕事としてはうまくハマったかなって。
なんか最近、同世代の洋服業界の人と話してて感じるんですけど、みんな学生時代や20代前半からずっと業界にいるじゃないですか? でもオレ、絶対違うなって。20代の、みんなが人脈増やしたりする過渡期に八王子の山ん中にずっといたし、就職してからもまるで修道院みたいな…。
— そうですよね。檻の中にいる、みたいな(笑)
相澤:だから、東京で起こってるファッションなんて、今まで全然知らなかったし、やってみて初めて気づいたし。
年に4回パリコレがあったんで、2ヶ月半に一度くらいの頻度でパリに行かなきゃいけなくて。パリに行ってるときにはもう(次シーズンの)メンズの企画が始まってるし。あっという間に時間が過ぎましたね。
— それを辞めようと思ったきっかけは?
相澤:忙しい時期がずっと続いてたんですけど、一瞬だけ気が抜ける瞬間があって。
その時、4年以上忘れていた感覚を取り戻すきっかけがあったんです。詳細は言えないんですが…。
— なるほど。何があったのか気になりますが、それはまた改めて(笑)
会社を辞められたあとはどうされていたんですか?
相澤:仕事を辞めて収入がなくなって、所沢の同級生にはつり工の組をやってるヤツがいたから、「ちょっと働かせて」って言って。
— え? 実際にはつり工をやっていたんですか?
相澤:3〜4ヶ月くらいやってましたよ。川口の駅前のイトーヨーカ堂とか作りましたし。
(一同笑)
相澤:あと明治通り沿いの京セラビルの向かいにあるビル…
— アウディのビルですね。
相澤:そう、あれもやりました。
(一同笑)
— いやぁ、結構意外な過去があるんですね。
相澤:そんなに面白いことないですけどね。
— いやいや、十分ですよ(笑)
次のページは『「東京」への微妙な距離感』です。
PROFILE
相澤 陽介(あいざわ ようすけ)
某コレクションブランドにて5年間企画を勤める。2006年にホワイトマウンテニアリングの立ち上げに参画し、現在に至る。1977年生まれ。
http://www.whitemountaineering.com/
6 Comments
まだまだこういうデザイナーはいたんですね(笑)うれしくもあり、悲しくも...(笑)
[...] 岡部:うちの子が4ヶ月のころから連れて行ってて(笑)さすがに寝てるだけだったんだけど。そのとき相澤(編集部注:ホワイトマウンテニリアリング デザイナーの相澤陽介氏)とかも一緒だったんだけどさ。相澤んとこも子供が出来たからいつか一緒に行きたいよなって思ったりして…。やはり家族が出来るとセカンドステップの楽しみ方になってくるよな。 [...]
[...] 本人がインタビューでも語っていたとおり、アウトドアギアとしての色が濃いコレクション。 ファーストデリバリーとなったこのマウンテンパーカも、ゴアテックス(Gore-Tex)のなかで [...]
[...] また相澤氏が好むフェアアイルっぽい柄を随所に取り入れたり、チェックやカモフラなどを効果的に使ったアイテムも数多く展開。 [...]
[...] 『はじめにシャツありき』相澤陽介(ホワイトマウンテニアリング デザイナー) 2008-11-13 14:41:38 | 4 Comments [...]
[...] 「やっぱり場所的にテーマは渋谷CAVEでしょ」という個人的に感涙もののコメントどおり、ダンスクラシックやヒップホップなどを縦横無尽に行き来するスタイルでガンガン盛り上げる高木さん。 後ろには某ブランドデザイナー氏や梶原御大、そして某有名サイトの管理人さんなどが。 [...]
















2008年11月18日 18:32